※ 『ネタバレ』注意。この記事は既読の方向けの感想・考察で『死刑にいたる病』の重要な内容に触れています。 ※
本書を最初読み終わった際、筧井雅也の”幸福な結末”について疑問と違和感が残りました。
ただ、よくよく振り返ると『物語上きちんと処理されており』、心情的にも十分呑み込める内容だと思いました。
ここではその疑問と自分なりに解消できた理由についてまとめます。
筧井雅也の”幸福な結末”が最初すんなり呑み込めなかった理由
雅也は最後、加納灯里とより深い仲になり、幸せそうなラストを迎えます。
幸せな描写はその後、エピローグにおける『恐ろしい真相(加納灯里も実は榛村にコントロールされている)』の前フリでもありますが、その点はこの記事の内容とは関係ありません。
ここで問題にしたいのは『雅也が幸せになってめでたしめでたし』で済まされるのか?という点です。
なぜなら、雅也は曲がりなりにも女児や中年男性に対して明確な殺意を抱いているため。
中年男性に至っては実際行動を起こしているので、かなり殺人未遂に近い状況です。
- そんな人間のハッピーエンドをすんなり受け入れられるのか?受け入れていいものなのか?
- 最終的に『榛村は自分の父親』という誤解を解き、目が覚めたとしても、あっさり水に流せるのか?
- 雅也自身、女児殺害を夢想した自分自身に葛藤や罪悪感を覚えないのか?
そんな疑問が浮かび、しばらく消化できませんでした。
疑問が解消した理由と解釈について
次の点が上記の疑問を考える上でポイントになると思います。
- 雅也は榛村のように気質的・本質的に殺人鬼の『素質』があるのか?
- もしくは榛村による一種の洗脳による一時的な気の迷いにすぎないのか?
前者であれば、やはり看過できない問題として残ります。
後者であれば、一連の悪意と責任の所在は榛村と考えられそうです。
一連の殺人衝動も本当に『ただ魔が差しただけ』と読者の心情的にも水に流せます。
そして、ストーリーを振り返ると後者の解釈ができるように思います。
理由は主に次の3つ。
- 雅也が殺意を抱く対象に特定の共通点が見られない
- 明確に雅也の殺人衝動が消えた描写がある
- 金山一輝も榛村の「殺人を仕向けられた被害者」として描かれている
雅也が殺意を向ける対象に特定の共通点が見られない
雅也が殺意を覚えたのは小学生の女の子と中年男性です。
もし『秩序型』の榛村のように、同じタイプだけを狙っていたら、雅也の人格に深く根差した欲望だと感じさせます。
例えば、雅也がずっと同じタイプの女児ばかり狙っていたら、どう転んでも『最後は加納灯里と結ばれてよかったね』とはなりにくいです。どれだけ改心しても読者には払拭できない不快感が残る気がします。
しかし、雅也に快楽殺人鬼特有の『こだわりの嗜好』は全く見られません。
そこから、雅也の殺意は本人の気質というより、あくまで榛村に感化され、一時的に『殺人』自体に魅せられていたものだと読み取れます。
明確に雅也の殺人衝動が消えた描写がある
雅也が榛村は父親じゃないと気づいた後、街中で女児を見かけても以前芽生えた殺意が消えている描写があります。
風船を手にした6、7歳の少女がスキップしながらついていく。可愛らしい少女だった。2つに結んだ髪が跳ねるたび揺れる。キャラクター付きの長袖Tシャツはサイズが大きいのか動きにつれて白い腹が、へそがちらついた。
だが、雅也は何も感じなかった。驚くほど何も感じなかった。
『死刑にいたる病』6章7
ここは雅也の殺人衝動が根深いものではないと分かる、かなり重要な部分です。
最初視聴した際はここをちゃんと意識できてなかったため、ラストの幸福な描写に違和感を覚えてしまったんだと思います。
金山一輝も榛村に「殺人を仕向けられた被害者」として描かれている
榛村が冤罪を訴える9件目の殺人において、殺人の責任があるのは『根津かおるを指差した金山一輝だ』と言います。
しかし、実際は金山が根津かおるを選んだことも榛村の思惑通り。
金山は『根津かおるが死んだのは自分の責任』と罪悪感を抱きますが、それすらも榛村が意図したものです。
9件目の殺人の責任は榛村にあり、金山に罪があると考える読者はまずいないはずです。
そこからも雅也の異変の元凶は榛村であり、雅也も金村同様、本質的な罪はないと見なせるのではないかと思います。
あとがき
1回目視聴した際は雅也が女児に殺意を覚えたシーンの印象が強すぎて、最後の加納灯里と仲良く交際してるシーンを素直に受け入れられませんでした。
この点について触れてる感想は特に見ないので、個人的な感覚も大きいかもしれません。
でも、重要なポイントだと思いますし、他にも違和感を覚える人がいるかもしれないので、自分なりの解釈をまとめてみました。
一応筋の通る解釈を考えた上でも、物語として成立させるにはかなり難しいラインをついてるなと感じます。
一時の気の迷いだとしても、女児への殺意を覚えた主人公のハッピーエンドを読者に違和感なく伝えることは、改めて考えてもややハードルが高いと思えます。かといって、殺意をリアルにおぞましく描かないと面白くないですし。
小説の作りとして絶妙なバランス感覚が必要で、著者はその点熟慮したのではないかなと想像します。

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