『悪人』吉田修一著(2007)。
メディア化や文学賞でよく話題となる吉田修一の5作目の長編小説。当時から安定した人気作家というイメージがありましたが、確認したら意外と初期の作品です。
出会い系が発端になって起こる殺人と純愛と逃避行の物語。
事件の真相に迫る犯罪サスペンスであり、出会い系で会ったばかりの男女が一緒に堕ちていく、切実で儚い真情を描いたラブストーリー。
2010年に深津絵里、妻夫木聡主演で映画化もされています。
しばらく前に映画→小説で鑑賞していて、3度目の今回はaudibleでの視聴。ナレーターは田中 麗奈 / 中村 蒼が務めています。
全体的な感想は、映画/小説/audibleどれもそれぞれの良さがあって面白かったです。
難点となりがちなaudibleの俳優によるナレーションもすごく良く、一般的にも高評価のようです。
各設定に特殊な要素はなく、登場人物も普通の人ばかり。
それでも一人一人の切実な想いに感情を揺さぶられ、予期せぬ方向に転がっていく物語にぐいぐい引き込まれます。
第61回毎日出版文化賞
第34回大佛次郎賞受賞
2008年度本屋大賞第4位
『悪人』ショートレビュー・注目ポイント

- 祐一と光代。『殺人事件の後に出会った運命の人』を描く純愛ストーリー
- 一連の事件を通して考える『悪とは?悪人とは?』
- 色々な人間性の『悪』をもった登場人物たち
祐一と光代。『殺人事件の後に出会った運命の人』を描く純愛ストーリー
清水祐一は外見はカッコいいですが、中身は口下手な土木作業員。
入れ込んだ風俗嬢に手作り弁当をあげるシーンは、祐一の人物像を端的に表してる気がします。すごく純朴ですごく不器用。
一方、馬込光代は接客業をしている独り身の女性。
どこか平凡な日常に鬱々としつつ、それも含めてごく普通の社会人です。
そんな二人がたまたま出会い系で巡り合い、恋に落ちる、
だけではありふれた話ですが、そこに殺人事件が絡むことで一気に不穏さが増します。
『殺人事件の後に運命の人に出会えたこと/出会ってしまったこと』。
最悪の瞬間と最高の瞬間が同時に訪れるところが恋愛小説として本作のハイライトです。
また、舞台が九州であることがこの作品の欠かせないポイントになってると思います。登場人物達のやるせない心象風景と海と灯台のある景色がなんとも言えない空気感を醸し出してます。
一連の事件を通して考える『悪とは?悪人とは?』
タイトル通り、主に殺人事件を軸に『悪/悪人とは?』と投げかける内容になってます。そう問うくらいなので、単純に『悪人=殺人犯』とは割り切れません。
事件から逮捕まで深く関与するのは上記の『主な登場人物』の4人。
逮捕に至るまでの過程で、『一番の悪は?』と聞かれたらさすがに殺人/殺人犯です。
でも、『一番悪い人間は?』と聞かれたらきっと人によって答えが変わります。
『全員悪い』や『全員悪くない』、もしくは『犯人だけ悪い人間じゃない』と感じる人もいるかもしれません。
そういった一筋縄じゃいかない事件の在り様が、読み手の思考と感情を揺さぶります。
自分はこの作品で『悪意のある悪/悪意のない悪/愛のある悪』について考えさせられました。
色々な人間性の『悪』をもった登場人物たち
もう一つ『悪/悪人』について。
この作品では色々と人間の悪い一面がフィーチャーされてます。
石橋佳乃は嘘つきで見栄っ張り。
増尾圭吾は自信家で傲慢。
清水祐一は非社交的で独りよがり。
それぞれ人並み以上に顕著ですが、誰もが少なからず持ってるような『悪』。
事件はそんな3人の『悪』が最悪のタイミングで最悪の重なり方をした結果と見ることもできます。
言ってしまうと、誰にも殺すほどの悪意も殺されるほどの理由もありません。でも殺人が起こってしまう。
100%悪に染まった殺人ではなく、普通の人間のちょっとした『悪』の化学反応が殺人を招く。
その過程と背景が仔細に描かれています。この辺の描写はやはり映画より小説/audibleの方が詳しいです。
『悪人』作品情報

簡単なあらすじ
土木作業員の清水祐一が保険外交員の石橋佳乃を絞殺した容疑で逮捕された。
佳乃は出会い系サイトを通じて沢山の男と交流し、祐一もその内の一人だった。
佳乃は事件当日、祐一に会う約束だったが、直前に増尾圭吾にバッタリ会い、予定をキャンセル。圭吾と自身の殺害現場となる峠へドライブに向かう。
その夜、峠では何が起こったのか?
当初、容疑者として県警が追っていた圭吾が行方をくらます中、祐一は出会い系でまた別の女性、馬込光代に会い、激しい葛藤に襲われることになる。
『悪人』詳しい登場人物まとめ
オーディオブックだと頭に入ってこない事があるため、なるべく全人物メモしてます。同様の方がいたら参考にしてください。
※オーディオブックでの視聴のため、正確な表記が不明/誤りがある場合があります。漢字はwikipediaや本を参照。
| 石橋佳乃関連 | |
|---|---|
| 石橋佳乃 | 博多の保険外交員。21歳。 |
| 石橋佳男 | 佳乃の父。理容店を営む。 |
| 石橋里子 | 佳乃の母。理容店を手伝う。 |
| 安達眞子 | 保険外交員。佳乃の同僚。 |
| 谷元沙里 | 保険外交員。佳乃の同僚。 |
| 増尾圭吾 | 大学生。実家は老舗旅館を経営。 |
| 鶴田公紀 | 圭吾の友人。 |
| ハヤシ カンジ | 塾講師。佳乃が出会い系で会った男性。 |
| 清水佑一関連 | |
|---|---|
| 清水祐一 | 長崎に住む土木作業員。金髪。イケメンで口下手。 |
| 清水依子 | 祐一の母。幼い祐一を手放した生活を選ぶ。 |
| 清水房枝 | 祐一の祖母。母親代わりで祐一を育てる。 |
| 清水勝治 | 祐一の祖父。糖尿病を患う。 |
| 矢島憲夫 | 祐一の大叔父。祐一が働く解体業者を経営。 |
| ヒフミ | 祐一の幼馴染。 |
| カネコ ミホ | 小料理屋経営。元風俗嬢。 |
| ゴロウ | 勝治のまた従兄弟。娘キョウコ。 |
| 堤下 | 健康商品の販売をする医学博士。 |
| ハヤタ | 県警。 |
| 馬込光代関連 | |
|---|---|
| 馬込光代 | 紳士服店の販売員。佐賀県在住。29歳。 |
| 馬込珠代 | 同居する光代の双子の妹。 |
| 水谷 | 光代の同僚。42歳。紳士服店の売り場主任。 |
映画では祐一の祖母を樹木希林、健康商品販売の堤下を松尾スズキが演じてます。小説ではあまり目立ちませんが、映画だとこの2人が演じてるので段違いで存在感があります。
『悪人』ナレーションについて

ナレーターを務めているのは俳優の『田中 麗奈/中村 蒼』氏。
記事冒頭にも書いた通りすごく良かったです。
作中、舞台となるのは九州で、もしかしたらと思ったら二人とも九州出身でした。方言のセリフが自然で、方言の小説→その地方出身の読み手という配役は定石になりそうです。
中村蒼の朴訥とした声のトーンは清水祐一のイメージと合ってます。
田中麗奈に至っては完全にプロのナレーターと同等以上と言っても過言じゃないと思います。
セリフ以外の客観的な距離感と事実の重みを含んだ地の文の読みも堂に入ってました。
この二人は男性/女性のセリフを読み分けてる訳じゃなく、章ごとに交互に読んでます。
その点もしかしたら『セリフは性別ごとに読み分けて欲しかった』と思う方もいるかもしれません。
あとがき

時代背景として「出会い系」のイメージの違いについて補足です。
作中(2007年頃)、『出会い系サイト』が重要な要素になります。
今(2022年)で言うと、『マッチングアプリ』が近い存在だと思いますが、世間一般のイメージはだいぶ異なると思います。
一言で言うと『出会い系』はどこか後ろめたいネガティブなイメージ。
『マッチングアプリ』は便利なアプリというポジティブなイメージ。
当時『出会い系』で付き合ったらそのキッカケは伏せるのが一般的で、今は『アプリ』で付き合ってもそこまで隠さない、くらいの感覚のギャップがあると思います。
作中、出会い系を使ってたというだけで世間から冷笑される描写があります。
『出会い系=マッチングアプリ』という認識だと違和感を覚えそうなので、世代じゃない人は予備知識として知っておくといいかと思います。
映画/小説/audible、良さで言うと本当に甲乙つけ難いです。
原作→映画だとよくある『映画は情報量的に物足りない』を感じる可能性があるので、映画からの方が無難。どれか一つなら俳優によるナレーションの中でも群を抜いて良かったので、audibleがお勧めです。
| 著者 | 吉田 修一 |
| ナレーター | 田中 麗奈、中村 蒼 |
| 再生時間 | 14 時間 58 分 |
| 発行年 | 2007 |
| 配信日 | 2018/08/26 |
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