『火車』宮部みゆき著(1992)。
タイトル通り、『借金、カードローン』をテーマにしたミステリー・サスペンス作品です。
失踪した女性の「借金」で狂わされた悲劇的な半生とはー。
ある時婚約者の女性に自己破産の事実が発覚。女性は何も言わずに彼の元を去ってしまう。男の親類である刑事が女性の行方と過去を探ると、驚愕の事実が発覚することに。
『なぜ女性が失踪しなければならなかったのか?』という真相が興味深く、また、その背景に潜むカードローン社会の怖さが垣間見れます。
もう少し踏み込んだある重要なポイントは、一応ネタバレになるので控えます。
映画版の予告編には含まれてるので、書いても良いかもしれませんが、やはり知らずに読んだ方が良い気がするので。何のことを言ってるかは読めばすぐにピンとくるはずです。
刊行は1992年ともう30年前の作品ですが、根本的なテーマは古くなっていません。今回10年以上ぶりの再読だったんですが、前回と変わらず楽しめました。
「火車」は数々のヒット作がある宮部作品の中でも代表作の一つに挙げられ、山本周五郎賞も受賞しています。
『火車』ショートレビュー・注目ポイント

- テーマは令和にも通じるカード社会の悪弊
- 周辺情報だけで徐々に浮かび上がる『関根彰子』の実像
- 宮部作品らしい緻密な構築力に裏付けられた説得力のあるストーリー
テーマは令和にも通じるカード社会の悪弊
関根彰子が失踪した真相には『借金、カードローン』というテーマが絡んできます。
出版年、時代設定は1990年代前半ですが、令和においても十分リアリティを持つテーマ性です。普遍的といえば普遍的、もしくは時代が変わっても課題として残ってる問題と言えます。
冒頭で明らかになる事実として、彰子には自己破産した過去があります。
主人公、本間俊介は(おそらく読者も)『自己破産するなんて自堕落な人間』という印象を受けます。
しかし、自己破産を依頼された当の弁護士は『それは彼女への偏見である』と力説します。
簡潔に言ってしまうと、『ある意味、彰子もカード社会の犠牲者である』と。
一つ印象的だったのは、『これだけローンが氾濫しているのに学校では何一つ教えてくれない』という弁護士の言葉。これは本当にその通りだなと。
最近、金融庁が学生向けの金融リテラシー講座を公開したというニュースを見かけて、「火車」から30年、やっと少しは前進したように思いました。
社会生活に当たり前にある『カードローン』。その当たり前から生まれた悲劇と地獄が克明に描かれてます。
周辺情報だけで徐々に浮かび上がる『関根彰子』の実像
この作品の大きな特徴は『捜査対象』の人物が登場しないこと。
本間俊介は『関根彰子』の関係者達から真相に迫っていきます。
姿は現さず、『噂と証言』だけで徐々に浮かび上がってくる人物像。透明人間の影だけが色濃くなっていくような様に好奇心が掻き立てられます。
『最終的に彰子に会えたら?どんな反応をし、何を語るのだろう?』とワクワクさせられます。
また、その点における締め方が賛否分かれるポイントになってるようですが、個人的には納得のラストでした。
彼女の現在の行方も生死すらも判然としない中、過去だけが着実に明らかになっていく形で話は進んでいきます。
宮部作品らしい緻密な構築力に裏付けられた説得力のあるストーリー
宮部作品は「長い、冗長」ととられる向きもあるようですが、とても緻密で無駄がないと感じます。
一つ例を挙げると、この作品はいくつか偶発的な要素が重要なポイントになってます。
凡作の『偶然』はご都合主義的になりがちですが、本作は一つ一つの『偶然』に説得力があり、純粋にハッとさせられます。
それは土台の積み木が丹念に積み上げられてるからだと思います。さりげなくもきっちりと。
人物造形に関しても同様で、『関根彰子』の人生を丁寧に描いているからこそ、結婚目前で失踪しなければならなかったこと、そしてその根本にある、彼女の人生を変える一世一代の決断にも確かな手応えが生まれます。
何か『それはもうそうするしかなかった』ものとして厳然と読む者に迫ってくる。圧巻でした。
『火車』作品情報

簡単なあらすじ
休職中の刑事、本間俊輔は親戚に失踪した婚約者の女性関根彰子を探してほしいと頼まれる。
彰子が消えたキッカケは自己破産した過去が露見したからだった。
しかし、行方を探索してすぐに驚愕の事実が発覚する。
関根彰子はなぜ自己破産に至ったのか?
失踪しなければならなかった彼女の悲惨な過去と正体とは?
本間は事の全容を明らかにすべく、出口の見えない捜査に乗り出すこととなるー。
『火車』詳しい登場人物まとめ
オーディオブックだと頭に入ってこない事があるため、なるべく全人物メモしてます。同様の方がいたら参考にしてください。
※オーディオブックでの視聴のため、正確な表記が不明/誤りがある場合があります。漢字はwikipediaや本を参照。
| 本間俊輔 関連 | |
|---|---|
| 本間俊輔 | 休職中の刑事。42歳。 妻千鶴子。息子悟。 |
| 栗坂和也 | 本間の親戚。銀行勤め。29歳。 |
| 碇貞夫 | 俊輔の同僚。刑事。 |
| 井坂恒男 | 俊輔の隣人。妻久恵。 |
| かっちゃん | 俊輔の息子・悟の友人。 |
| 北村真知子 | 俊輔のリハビリ担当の理学療法士。 |
| 関根彰子 関連 | |
|---|---|
| 関根彰子 | 消息を断ち行方不明。 自己破産した過去がある。 |
| 溝口悟郎 | 彰子の自己破産を請け負った弁護士。 事務員澤木。 |
| 紺野 | 喫茶店バッカス店主。彰子の賃貸オーナー。 妻信子。娘明美。 |
| 関根淑子 | 彰子の母。 |
| 本多保 | 彰子の幼馴染。妻郁美。 |
| 宮城富美江 | スナック『ラハイナ』勤務。彰子の知人。 |
| 野村一恵 | 彰子の同級生。 |
| 宮田かなえ | 美容室の従業員。淑子の知人。 |
| ママ | スナック『ラハイナ』のママ。 バーテン菊池。店員マキ。 |
| 新城喬子 | 下着通販会社ローズライン勤務。 |
| 片瀬秀樹 | 下着通販会社ローズライン勤務。 |
| 市木かおり | 下着通販会社ローズライン勤務。 |
| 倉田康司 | 不動産会社勤務。 |
| 須藤薫 | 新城喬子の友人。 |
| 木村梢 | フリーター。 |
| 今井四郎 | 今井事務機の社長。 |
| みっちゃん | 今井事務機の事務員。 |
『火車』ナレーションについて

Audibleのナレーターは俳優『三浦 友和』氏一人。
主人公は刑事役なのでハマり役ではあるんですが、ちょっと年齢にギャップがあります。
主人公本間は42歳で三浦氏は70歳。
はじめ、声のイメージで定年間近くらいかと勘違いしてました…。
また、属性が近い人物同士の会話はもう少し声質に差があると分かりやすいと感じました。本間刑事と弁護士など。この辺りは声優以外のナレーション全般の傾向だと思います。
シリアスなシーンではさすがに重みと味があり、ぐっとドラマチックさが増します。
あとがき

発行からちょうど30年。宮部作品自体10年以上ぶりの再読。
こんなに過去の作品でもこれほど完成されていた事、そして30年経っても全く色褪せないところに改めて筆者の力量を実感させられました。
そういえば「宮部作品は長い」で、宮部みゆきはスティーブン・キングの影響を受けてると公言してるのを思い出しました。
キングの作品も長いし、じっくり丁寧に作品世界を作り上げていく筆致に確かに通じるものを感じます。
| 著者 | 宮部 みゆき |
| ナレーター | 三浦 友和 |
| 再生時間 | 15 時間 35 分 |
| 発行年 | 1992 |
| 配信日 | 2019/08/15 |
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